“わたし”とその周りの人たちの短いお話。
【あの日わたしは優しくなりたいと思った】
わたしがわたしでいられるために。
あの日わたしは、優しくなろうと思った。
無神経な言葉だったと思う。
数十年前。たった八歳のわたしは何気なく、あの子を傷つける言葉を言ったのだと思う。
ひっく、ぐすん、うわぁん。
小さい子どもだから当然なのだけど、それはもう大きな声で泣かれてしまった。涙は身体からのSOSだ。
どう対処すれば良いかまだわからない子どもにとって、大きな声で泣くのは必要な行為で、必然とも言えるだろう。
ただ、その一度の経験が、自分を世界で一番の悪者だと認識させてしまうには十分すぎるものだった。
周りの視線に寒気がしたし、恐怖で足がすくんでしまう。
逃げたいのに上手く動かない身体と、謝りたいのにできない口。
まぁ当然と言ってしまってもいい。なぜならわたしも”子ども”だった。
『ごめん……なさい』
結局わたしは騒ぎを聞きつけたお母さんにゲンコツをされた後、一緒にその子に謝った。
不満げな『いいよ』をもらって、なんとも後味の悪い帰宅をした。
わたしの言葉の何が、あの子を傷つけたのか。
その答えは知っている。だけど傷つけるために言った言葉でもないから、どうしたものか。
八歳のわたしがそんなことを考えられたのかは分からないが、あの日からわたしは優しくなりたいと過度に願ってしまうようになった。
言葉は自分を作っていく。
環境さえ、変えてしまうようなこわいものだ。
「あぁ、幸せだ……」
こわい、こわいなぁ。
今日は何を言われてしまうかな。
どうやって受け止めて、なんで返していけるかな。
「幸せ……幸せだ」
うわごとのように呟いて、自分を説得していく。
そうだ、自分はとても幸せで。
今日も明日も、楽しみでしかないんだよ。
優しくなりたい。
誰かを笑顔にできるように、優しくなれたらいいな。
優しい自分じゃないと、自分に優しくできないや。
好きになるのなんてもっと難しい。
「なんでもないよ、考え事してただけ」
今日はまだ始まらない。
だってまだ、誰にも優しくできていないから。
おわり
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