【登場人物】
笹幹ちなみ……高校1年生。好きな人のために、恋を捨てた女の子。
佐野原ゆうみ……高校1年生。自分のために、恋を捨てたい女の子。
恋を捨てたい女の子と捨てたくない女の子の話
※こちらのお話はアルファポリスでも投稿しています。
【言葉のかけら】
陽も落ちかけた夕方の帰り道、暗い顔をした友人に、声をかけた。すると、ため息を吐きながら。
好きだとか、好きじゃないとかそんなことを大したことないと言う。
「消えちゃったほうがいいのに」
いいな‥‥言ってみたいよ。私もそんなこと、無責任に。
「ちなみ、あんたはどう?」
「ぅへ?」
「わ、変な声」
私、笹幹(ささみき)ちなみはあまりに唐突な質問に思わず変な声で返してしまった。
彼女、佐野原(さのはら)ゆうみの質問に。私の声がツボに入ったのかお腹を抱えて笑う姿に少しだけ、むっとした。
「だ、だってゆうみが急に聞いてくるから」
「へいへい、ごめんて」
「もう‥‥」
「で、どうなの?」
どうなのって、なんだろう。もしその質問が、さっきまでの話の続きだとしたら、どう返すのが正解だろうか。
「私は‥‥」
「うん?」
「素敵だと‥‥思う」
言葉が、落ちていく感覚。バラバラ崩れて、山になっていく。あぁ、正反対ってやりづらい。
「そっか、そうだよね」
「あ、あくまで私がそう思うだけだから」
「分かってるって。ちょっと困らせちゃった?」
「ううん、全然」
むしろ、私が困らせちゃったかもしれないって不安になった。だってさ、やっぱり意見は同じであるにこしたことはないじゃない。あくまで、私の世界の話だけど。
「ゆうみは、なんでそう思うの?」
「んー、だってそんな感情、いらないかなって」
「な、なんで?」
私だって捨てられるなら、捨ててみたいなんて考えた。でも、この感情は、たしかに光り輝いて。素敵なものだと思うのに。
「叶う可能性が1%でもあるなら、こんなことは思わなかったんだけど」
「叶う‥‥可能性?」
「でも、絶対に無理だって、困らせるって分かってるから。だから、いらないんだ」
ゆうみは素敵な人だと思う。私だけの主観じゃなく、憧れている人だって何人もいるのを知っている。そんなゆうみに好かれて、無理だって言う人なんているんだろうか。
「好きな人‥‥いるんだ」
「いるよ。ずっとね」
「そっか‥‥」
聞き間違いならいいのに。冗談だよって、笑ってくれないかなって期待してみても、ゆうみはそっと笑うだけだった。
「叶うといいね」
「だから、叶わないんだって」
「そんなの分かんないよ」
好きな色は黄色、嫌いな食べ物はなすび、好きな紅茶はレモンティー。なんでも知ってる気でいたのに、こんなの、知りたくなかったよ。
「分かんない」
「え?」
「なんで、”好き”を知ってるのに、大したことないって言っちゃうのか分かんない」
「だ、だから言ってるじゃん。捨てたいんだって、こんなの」
「こんなのじゃない!」
戸惑いと、迷いと、焦りを感じたあの日のことを、私は今でも情けないくらいに覚えてる。
「人に恋した時の輝きを、私は知ってる‥‥!」
どうせなら、同じ世界を見ていたい。どうせなら、私も同じ意見だって笑っていたい。でも、その話だけは、どうしても否定をしていたい。
「好きな人に、好きな人がいるって聞かされた今だって、私は恋を捨てたくない!」
いつも小さな声しか出なかった。自分に自信がなくて、下を向いてばかりだった。そんな私が、しぼりだした声。私の本当のきもち。
「ちなみ‥‥?」
「私の想いなんて叶わなくていい‥‥でも、ゆうみに恋を、捨ててほしくないの‥‥」
下を向いてばかりの私を、救ってくれた優しさを、私は今も抱きしめて生きている。パラパラと崩れていく言葉たちを、ゆうみは戸惑いながら拾っていく。
「え、なん‥‥それって‥‥」
「‥‥」
言葉と一緒に流れた涙に見ないふりをして、その身体を抱きしめた。
「好きだよ‥‥ゆうみがずっと、好きだったよ‥‥!!」
「っ‥‥!」
流れた涙がゆうみの肩を濡らしていく。そんなのだって、構う余裕もなかった。好きになって、幸せになってほしいとまで願ったのに、そんな悲しいこと言うからだ。
「ちな‥‥み」
「ばか」
「なっ」
「ばか、ばかばかばーーーーか!!」
泣きじゃくる私にそっと腕を回してくれる。そんなところにも、恋をしたんだ。
「お願いだから‥‥捨てないで」
幸せになってよ。素敵な人と一緒に、私は幸せだって笑ってみせて。
じゃないと私は、この恋を諦められないから。
「恋を捨てるのは、私だけでいい」
強く願った言葉は夕焼けのチャイムとともに。
流れるように沈んでいった。
おわり
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