教えて委員長

みんなのことが大好きな宮原(みやはら)わかはが
誰とも仲良くなろうとしない佐原(さはら)たみにキスをして教えてもらうお話。
⚠こちらのお話はpixivにも投稿しています。
 
 
【君だけは違うみたい】
 
 
『誰のことも嫌いにならず、仲良く過ごしなさい。』
 
小さな頃からそんなことを教えられて生きてきた。
下を向いて歩く人へ誰にでも手を伸ばしてきたわけじゃないけど、私を見てくれる人へは誰にだって振り向いた。
そのおかげか友達は数えきれないほどできて。
 
「わかは、今日はどこ行く?」
「宮原さん、今日はゲームセンター行かない?」
「わかはちゃーん!今日もたっくさん遊ぼう!」
 
私、宮原わかは には一人の時間なんてないほどに。
常に“友達”という存在がそばにいた。
 
 
「今日はカラオケの気分かなぁ」
 
 
そんなみんなが私は大好きで、大切になっている。
そう、みんな大好きで“友達”だ。
 
 
「あ、委員長も一緒にどう?」
「いえ、私は遠慮しておきます」
「そっか……」
 
 
ただ1人、クラス委員長の 佐原たみ を除いて。
 
 
 
 
 
 
交友関係は広いほうがいい。スポットライトが照らされたとき、無難に隠れられるから。
みんな大好きだしみんなと居るの楽しいし、今のままで私は十分に幸せだ。
 
「ではここでクラスの副委員長を決めたいと思う」
「え、なんで?」
 
先生の唐突すぎる提案に、少し眠たい脳は付いていけない。素朴な疑問を呟けば、後ろからシャーペンでつつかれた。
 
「わかは、聞いてなかったの?」
「半分以上は寝てた……」
 
うわ、でかいため息。そんなんじゃ幸せ逃げちゃうよ。
よく分からないから教えてと素直に質問を投げかける。
 
 
「新学期になってイベントもいっぱいあるし委員長の仕事も増えちゃったんだって。だからそのお手伝い?みたいな」
「委員長って佐原さん?」
「そう。一学期に満場一致で決まったじゃない」
「それも寝てたなぁ」
 
 
だって興味ないし。
誰とでも仲良くしろとは言われてきたが、私を見てくれない人に興味はない。
嫌いなわけじゃないけどね。委員長のこと。
 
「誰か立候補いないのかー?」
「私は一人でも大丈夫ですが…」
「しかし2人いた方が何かと便利なんだが」
「必要ありません」
 
「……」
 
 
嫌いなわけじゃないんだ。“友達”じゃ、ないってだけで。
 
 
「わかは?固まっちゃってどうしたの」
「私、副委員長…やりたい」
「へ?」
 
 
ずっと生きてきて、もう私には友達しかできないと思ってた。友達は大好きだけど、それ以上の関係はうまれない。
でもどこかで夢を見ていた。
人生で最高の、“恋”という感情が欲しいと。
 
友達は大好き。でもそれでは恋はできない。
“恋”をするなら“友達”でもなく、好きでも嫌いでもない人が望ましい。
 
「委員長のとなりに、私を置いてください」
 
 
 
宮原わかは、私はめんどくさいことが大嫌い。
でも、目的のためならどんなことでもやってみる。少し欲深い女の子だ。
 
 
 
【どうか夢でありますように】
 
今日の占いは最下位だった。いつもなら気にしないのに今日は新学期ということもあるのだろうか。なぜか気になって仕方がなかった。
ラッキーアイテムはクマのキーホルダー。普段なら持たないラッキーアイテムだって今日はちゃんと持ってきたのだ。
 
だから、お願い。
 
 
「私に恋を教えてほしいの」
「……」
 
 
どうか彼女の言う“こい”とやらが、淡水魚の鯉でありますように。
 
 
「鯉というのは比較的流れが緩やかな川や池などに生息する大型の淡水魚で__」
「違うよ委員長、恋だよ。ほら、ダンスが流行った“恋”」
 
願いも虚しく私の鯉知識とともに消え去った。
おもしろいねーと笑われても嬉しくない。
 
「あなた、そんなことを聞くために副委員長なんて立候補したの?」
「んーん。委員長といるためだよ」
 
なんだそれは。
理由として謎すぎやしないだろうか。
 
「とにかく、私は1人でも仕事できるんだから。仕事しないなら帰って」
「仕事ってこのプリント整理?大変だねー」
「分かっていただけたなら帰ってくれるかしら」
 
 
私だって1人でもできるけど、なにせ量が一学期の倍になっている。相当な時間をかけないと終わりは見えそうもない。
だから手伝わないなら帰ってほしいし、手伝ってもらうとしても黙ってやってほしい。
我ながら冷たいとも思うけど本心だから仕方がない。
 
「仕事はしたくないけど委員長と居れるなら頑張るよ?」
 
ー報酬は恋を教えてくれること。
だって。ばからしい。
 
「じゃあ帰ってくれませんか?」
「むぅ、冷たいなぁ」
「大体、恋なんて学んで分かるものじゃないでしょう」
 
私だって恋なんてしたことないけど、座学で分かるようなものじゃないことは明らかだ。
よく分からないけど。感覚…じゃないだろうか。
 
「じゃあ委員長。質問なんだけど、恋をした二人は何をするのかな」
「なんですかいきなり」
「まぁまぁ、教えて?」
 
この人の相手をすれば疲れるが、早めに答えてしまえばいい。
とにかく早く仕事をしてしまいたいし。
 
「よく分かりませんがキス……とかじゃないですかね?」
「委員長ったら急に大胆だねー」
 
「なっ…!あなたが聞いてきたんでしょう?!」
「そうだよー、私が聞いたの。私が知りたいからね」
 
 
何が言いたいのか、何がしたいのか。この人のすること全てが分からない。
いつも人に囲まれていて、誰からにも好かれる気さくな女の子。
それが宮原わかはという女の子だった。
地味で勉強しかできない私なんかと何かするなんて考えられないような子だった。実際、こんなに話したのは初めてなくらいなのに。
 
「何を企んでいるのかしら」
「何も企んでないんだよねこれが。ただ、お願いがあるんだ」
 
 
嫌な予感がする。
逃げてしまえれば一番いいのだけど、仕事を置いて逃げ出すなんて私のプライドが許せない。
一歩、ゆっくりと下がれば彼女はくすりと笑って。
 
 
「私とキスしてくれない?」
 
 
私の逃げ道を塞いでしまった。
 
 
 
【お願い委員長】
 
 
__ドンっ!!
 
一つの大きな音が響いてそのあとガラガラ、パラパラ。
机の上に置いていた筆記用具もプリントも、すべて床に散らばってしまった。
ちょーっと壁ドンしただけなのにそれはひどくない?おかげで尻もちまでついちゃった。痛いなあ。
 
「うぅ、頭も痛い……バカになってない?」
「そうだとしたらあなたとしては正常なのでご安心を」
「バカって言いたいの?」
 
だとしたら心外だ。私、学年5位圏内だよ?委員長といい勝負だと思うんだけど。
 
「うるさいです、変なことばかり言って。どういうつもりか答えなさい」
「だからキスさせてほしいんだよ」
「だからなんで……」
「まずは頭打ったんだからいたわってよね」
 
あー、痛い痛い。突き飛ばされた弾みで机の角に頭をぶつけたらしい。
痛そうに患部を撫でれば、わざとらしいと呟きつつも気にはしてるみたいだ。
 
「ご…ごめんなさい」
「謝るなら目を見れば」
「っ…!」
 
誠意が伝わらないよね。
追い討ちをかけるようにそう呟くと、委員長はゆっくりと私の方へしゃがみこんで来た。
 
__このチャンスを私は逃さない。
 
 
近づいてきた委員長の肩に手を回し、そのままぐいっと引き寄せた。
「なっ…!」
 
「ねぇ、委員長」
 
体勢を崩し私の方へ倒れこんできた委員長の耳元へ口を寄せて、囁く。
あれだけ強がってたのにビクってなるとこ可愛い。
 
「私ね、友達が大好き」
「だから、なんですかっ!」
「クラスのみーんな友達だと思ってて大好きだったんだけど、委員長は違うみたい」
 
挨拶してもそっけないし、遊びに誘っても来てくれない。
私と委員長の中で友情が結ばれることはなかった。
友達じゃない、ただのクラスメイト__かな?
 
「だからね、思ったんだぁ。恋は“友達”とはできない。でも、
友達じゃない委員長となら、恋がわかるかもしれないって」
「だからってキスなんて……」
「委員長が言ったんだよ?恋をした二人がまずすること」
 
あー、心音。気持ちいなぁ。
当然だけど委員長って女の子だったよね。柔らかいし暖かい。
 
「い、意味が分かりません!そんなことに協力する義務なんてないです!」
「頭、けっこう強く打ったんだ」
「っ…!」
「お願い委員長、条件付きでもいいからさ、キス…させて」
 
密着していた体を離して委員長の顔を見れば、頰は真っ赤に染まっていて。
可愛い…なんて思った。これなら、恋がなんなのか分かりそうだ。
 
「委員長…たみちゃん、ちょうだい……」
 
頰に触れても委員長はもう抵抗しない。くすり、なんて笑いがもれた。
 
「んっ……」
 
ちゅっ、なんて音しないんだね。これは勉強になったかも。
「きもちぃ…」
「んっ…!?んんぅ……」
 
服の擦れる音、舌の音。
周りに余計な雑音がない分、よく響いてドキドキする。
 
 
「可愛いね、“たみちゃん”」
「うるさい、です」
 
唇を拭う姿もいい。認めたくないんだろうけど、耳まで真っ赤だよ。
再び頰へと手を伸ばして、口付けようとすれば。
 
「わぷっ」
 
思い切り押しのけられてしまった。
 
 
「条件付きでいいんでしょう……!?」
「ん、まぁキスできるなら」
 
 
そこで、3つの条件を出されてしまった。
1つは、誰もいない放課後にすること。
2つ目は、1日一回だけであること。
3つ目は……たみちゃんが苦しいと合図を送ったらやめること。
 
「気持ちよかったから1日十回にまけてくれない?」
「そんなにするわけないでしょう」
「じゃ、もうちょっと抱きしめさせて」
 
んー、可愛い。
クラスで唯一、友達じゃない女の子。
たみちゃんとなら、[愛してる]が知れそうだ。
 
「明日もまた教えてね?委員長」
 
 
 
【期限のない契約】
 
 
運動はそれなりにできるし、勉強は学年トップ。そんな私に知らないことがあるとすれば。
同じクラスの同級生、宮原わかはが何を考えているかということだ。
 
「ねーたみちゃん。このプリント整理ってなんで私たちがやんなきゃいけないの?」
「学級委員長と副委員長だからでしょう?」
「えー、めんどくさいなぁ」
 
だったら帰ればいいのに。その言葉を吐き出す前に飲み込んだ。
今日は帰られては困る。この量は流石に一人じゃさばけない。
 
「立候補したんですから責任持ってしてください」
「私はたみちゃんに近づきたくてやっただけなんだけどなー」
「解任させますよ?」
「そ、そんな怖い顔で睨まないでってば。わかったよぉ」
 
まったく。この人は本当に分からない。
黙っていれば可愛い顔立ちなのに、その口が余計だ。クラスの人たちには良い印象しか持たれていないみたいだけど。私を除いて。
 
「はい、終わったよ」
「…早いですね」
 
ほんと、黙っていればいいのだけど。



「では職員室に届けてきますね」
「いってらっしゃーい」
「……先に帰っててもいいですよ」
 
むしろ、その方が好都合。
 
「んーん、待ってるよ。__たみちゃんがくるまで、ずっとね」
「っ…、では行ってきます」
 
さっきまで能天気な顔をしていたくせに、急に大人びた顔をするから気が狂う。
夢であってほしいと願いながら、どうやら夢ではないらしい。
 
「今日の“分”、まだもらってないもんね」
 
ため息と嫌悪感を隠さず彼女へ向け、職員室へと向かった。
 
 
 
 
「待ちくたびれたよ、たみちゃん」
「たった数分でしょう?大げさです」
 
それもそうだねと緩く相槌を打ち、私の頰を包み込んだ。
嫌そうな顔をしても、この人はもう動じない。私が、抵抗を諦めたと知っているから。
 
「可愛いね、委員長…」
「んっ」
 
いつもの一言を呟いて、ゆっくりと口付けられる。
 
運動には多少の自信がある私だけど、肺活量はそんなにない。
すぐに苦しくなって肩を押せば、彼女はあっさりと身を引いた。
 
「ん、ごちそうさま」
 
それが私たちの中のルール。
恋を教えて欲しいと願う彼女に私が応じる代わりに出した約束。
 
「じゃあまたね、委員長」
 
息を整える私を置いて、楽しそうに去っていく。
彼女は本当に分からない。こんなので本当に恋は分かるの?
 
「いつまでこんな生活が続くんだろう」
 
誰に向けるでもない私の呟きは、放課後の教室の中へゆっくりと吸い込まれていった。
 
 
 
【可愛い君を知ってほしい】
 
 
今では非日常な状況も、いつかはきっと日常に変わるんだろう。
私をなかなか受け入れず、ちょっとのキスで息を切らしていたたみちゃんは、1ヶ月もすれば居なくなっていた。
 
「いつになれば恋とやらが分かるんですか」
 
ちょっと可愛げのない言葉は相変わらずだけどね。
キスの後はもっと見つめあったりとかしたいのになぁ。
 
「もー、ムード台無しだよたみちゃん」
「ムードなんていりません。早く私を解放してください」
 
解放って……人聞き悪いなぁ。私は別にたみちゃんを縛ってるわけじゃないのに。
 
ただ__
『私は一人でも大丈夫ですが……』
『必要ありません』
一人でも大丈夫と言うより、一人の方がいいと言うようなその態度に、興味がわいただけだ。
 
 
「たみちゃんは1人がいいの?」
「群れなくても生きていけますから」
「たみちゃんけっこう人望厚いし、人気なのにね」
 
もったいないなぁ。
靴箱付近の掃除を積極的にして、動物の餌やりを楽しそうに率先して、植物の水やりを欠かすことなく毎日してる。
他のクラスからも隠れファンはけっこう多いはずだ。
 
「私が人気者?そんなはずないじゃないですか」
「どうして?」
「どうしてって……見てれば分かるでしょう」
「分かんないよ、教えて?」
 
たみちゃんは可愛いし、頭も良くて運動もちょっと出来る。優しくて頼れる委員長だって評判だ。
 
「遊びに誘われても、断り続けてますし」
「それでもけっこう誘われてるじゃん。嫌いだったら誘わないよ」
「そんなの、人数合わせに決まってます」
「いやいや、合コンじゃないんだから……」
 
どうしてこんなに自分に自信がないんだろう。こんなに可愛いのに。
 
「キスも気持ちいいし」
「っ!うるさいです!」
「んぐっ…!」
 
黙れとでも言うように。
手のひらで口を塞がれた。真っ赤になって、涙目で、やっぱり委員長は可愛い。
 
「もう、可愛いなぁ」
「ちょ…!」
 
ゆっくりとその手のひらへと口付けた。
慌てて引っ込めようとしても、もう遅い。
 
「はなし、、」
「唇は1日一回だけどそれ以外は決めてないもんね」
 
手首を掴んで、今度は舌を伸ばす。
ピクリと震える肩になんだか嬉しくなった。
 
「可愛いよ、委員長」
「や……!」
 
大丈夫。ちゃんとルールは守るよ。
ただ、ちゃんとたみちゃんは可愛いってことをわかってほしかっただけだ。
恋をすれば、なんでそう思ってしまったのかも、わかるようになるのかな。
 
 
 
【今日はお休み】
 
 
「わかはって最近、放課後は委員長にべったりだよね」
「私たちとも遊べよー」
「そうだったっけ」
 
んー、そういえば最近は放課後になるとたみちゃんとばっかりだった気もする。
でも寂しくはなかった。今までは友達に囲まれてばっかりだったのに。
 
「そんなわかはに朗報!映画のチケット、手に入りましたー」
「私がずっと見たかったやつ?!」
「そーそ。もーいつも満席だから苦労したんだからね?」
「ありがとー!じゃ、土曜日に行こうか」
 
恋愛のわからない私にとって恋愛映画は夢の世界。
大好きな娯楽のひとつ。でもこの映画はなかなか上映期間が短くて、チケットはいつも完売だった。
嬉しい。なんというか、尊い。
 
「やったー、わかちんと遊べるぞー」
「でもこの映画、今日までなんだよね」
「ぅあ…」
 
負けた。
キスは放課後だけだって約束しちゃったし、うーん。
 
「でも観に行く!」
 
さいあく、明日2日分もらえればいい。そんなこと言っちゃ怒られちゃうかもだけど。
 
「委員長、またこの埋め合わせはするから。今日だけお休みさせてね?」
「……まぁ、別にかまいませんけど」
 
こっちを見ないでボソリと返す声。冷たいなぁ。
 
「委員長ともどこか行きたいな」
「お断りします」
 
むぅ、やっぱりつれないや。
魚だったらクジラクラス?なんて、そんな事を考えて。
 
「「今日はなし……か」」
 
ため息をつけば、白い息がゆっくりと出て、消えていく。
セミの鳴いていた新学期から、もうそんなに時間が経っていた。
 
 
 
【教えて委員長】
 
 
私はけっきょく、どこまで知りたいんだろう。
恋を知れば世界が広がるなんて思ったけど、モヤモヤが増えるばかりだ。
 
「もっと、しちゃダメ?」
「約束したでしょう?」
 
息が苦しい。
今日は私から離れてしまった。
 
「ねぇたみちゃん、恋って難しいんだね」
「……簡単に知れたら、誰も苦労はしませんよ」
 
甘えるように抱きしめる手を、たみちゃんは振りほどくことはしなかった。
前なら絶対、つきとばされていたのに。
 
「たみちゃんを好きになりたいわけじゃなかったんだ」
「私だって、好きになっていただいても困ります」
「つれないなぁ、さすがクジラさん」
「何ですかそれ」
 
あ、笑った。なんだか初めてな気がする。
なんでこんなにドキドキするんだろう。
 
「契約の関係って、なんか悪いことしてるみたい」
「実際、罪悪感くらいは抱いてほしいものです」
「そう、だね」
 
なんでこんなに苦しくなるんだろう。これが罪悪感ってやつなのかな。
委員長とのキスに愛情はない。友情もない。誰でも良くて、“友達”じゃないから選んだだけだ。
なのに、なにかが辛かった。これ以上は、許されてもいいんだろうか。
 
「教えてよ、委員長」
 
この感情はなんなの。
笑っていてほしいの。一緒に笑っていたいの。こんな暗いところで口付けを交わす関係じゃなくて、明るいところで美味しいものとか食べてみたいのに。
 
「ねぇ、委員長」
 
私はいま変なんだ。体が熱いし心臓がうるさい。もう、私は消えちゃうのかな。
 
「最後のキスって言ったらさ、もう一回してくれる?」
「最後、ですか」
「なんだかもう、苦しいよ」
 
もういいよ、解放してあげるから、私を許してよ。
「恋って、私にはまだわかんないや。でも、たみちゃんには明るい場所で、笑ってほしいの」
「あんなに強引だった人がしおらしいですね」
 
たみちゃんだって。
私に敵意全開だったのに今じゃ嘘みたいに優しいじゃん。
前だったら絶対に、頭を撫でるなんてしなかった。
 
「いいですよ。最後なら」
「…っ」
「こんな関係は終わりにしたかったんです」
 
分かってはいたつもりだった。
たみちゃんはずっと、そう思っていたんだって。
分かってたじゃないか。たみちゃんには私といてもなんの得もないし。
 
「さよならのキスなんてロマンチックかも……ね」
 
この時間に流されてしまわないように。ゆっくりとたみちゃんの頰へと手を伸ばす。
そして___
 
 
 
「さよならだなんて言ってませんよ」
 
 
 
止められた。
「へっ?」
 
あまりに予想外なできごとに、変な声がもれてしまう。
 
「最初は不愉快でしたよ。強引だし無茶苦茶だなって、私に得なんて一つもないですし」
「う、ごもっとも、です」
「でも、不思議ですね。今ではあなたと放課後残るのが少しドキドキしてしまうの」
「ドキドキ……?」
「ほら」
 
___っわ。
掴まれた手のひらが、委員長によって胸へと誘導される。
ドクドクと鳴っている心音は自分のものじゃない。
 
「私、ずっと誰かと何かをすることが苦手だった。遊びに誘われても、嫌な雰囲気にしちゃったらどうしようって不安だったの」
「たみ…ちゃ」
 
「そんな私にとってあなたが羨ましかったのよ。常に誰かを笑顔にして、楽しそうに過ごす、人気者なあなたが」
「わた、しは」
 
「あなたと過ごす時間は、悪くないわ」
 
 
__友達から始めてみない?
 
 
その言葉に、ずっとのしかかっていた重荷が解放された気がした。
私は怖かったんだ。
こんな事をしてる自分から、委員長が離れていってしまうのが。
いつか、委員長とまた友達じゃない関係に戻っていってしまうんじゃないかって。
 
「私……これからもたみちゃんと居てもいい?」
「もちろん」
「たみちゃんのこと、好きになってもいい?」
「特別に許可してあげるわ」
 
ずっとずっと、知りたかったんだ。
甘くて切ない、“恋”という感情を。
 
「私……分かったかも」
「うん?」
「私、たみちゃんが好き!」
「へ!?ちょ……わあ!」
 
力いっぱいにそのまま、たみちゃんごと倒れ込んだ。
 
「もうキスとかなしで、正面からたみちゃんを好きにさせてみせるよ!」
「いや、友達からって……」
 
友達じゃ足りないの。
大好きだけど、大切だけど、たみちゃんはもう友達じゃない。
 
「だーいすきだよ!たみちゃん」
「っ〜〜!」
 
いつか私に堕としてみせるから、その日まで。
「覚悟しててよね、委員長♪」
 
真っ赤に染まる頰と、柔らかい体、甘い匂い。
好きだとは思ったけど、まだどこが好きなんてことは分からないから。
 
 
 
「これからもゆっくり教えて?委員長」
 
 
 
さくらの花が散りそうな温かい日。
私は世界で一番、遠回りな恋をした。
 
それでもこんなに幸せなのは、きっと“好きな人”がいるからだ。
 
 
「仕方ないですね……」
 
 
 
そう笑ってくれる世界で一番“好きな人”を、私はもう一度、思い切り抱きしめた。
 
 
 
 
 
 
                おわり

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